えいごとなかよくなりたい!から、なんでもやってみた(3)

 先にちょっと書いた出張先では、週に1回の教会の英会話だけでは物足りず、NOVAに入りました。多分その出張に行かなかったら、NOVAには入らなかったと思います。誰も知り合いのいない土地での1ヶ月。仕事の後も話す人がいない…。だったらNOVAは「話をするための学校」じゃないって、我ながらグッドアイデアだと思ったよね☆何しろ地元のNOVAにも転校ができるっていうし♪

 で、NOVAにはちょうど1ヶ月半くらい通いました。ちょうど出張の後、仕事の切れ目で1ヶ月まるまるフリーになったので…。朝から晩まで、可能な限りNOVAにいました(笑)。イトコや友達まで招待券をゲットしたときは連れて行ってしまったくらい。これが私の、「自ら英語づけの日々 in Japan 」です。(笑)かなり楽しかったです。おじいさんもおばあさんも、中学生も高校生も大学生も、サラリーマンもみんなクラスメイトだったし。(笑)そうそう、学校の先生も何人もいたんだよね、生徒として。それから以前働いていた会社の部長さんにも偶然会いました。

 厚木のNOVAは、わたしが人生の中で通った学校で、1番好きな学校でした。都会のNOVAはアメリカ人やイギリス人の先生だけって所もあるみたいだけど、私の行っていた厚木のNOVAは、いろんなバックグラウンドの先生達がいたんです。

 ブルックリン出身の中国系アメリカ人、韓国系アメリカ人、西海岸出身のスパニッシュ系アメリカ人、ニュージャージー出身でJohnson&Johnson でマネージメントをしていたという白人のアメリカ人、シカゴ出身のアフリカ系アメリカ人、スコットランド人、ウェールズ人、イングランド人、カナダのトロント人、母語はフランス語だというモントリオール人、香港生まれのカナダ人、もとスチュワーデスのジャマイカ人、オーストラリアの人はシドニーだったりメルボルンだったり、それからニュージーランド人も…。もっといるかな?そうそう、もと小学校の先生だったという人もいました。(私のイトコの一人が大学生のころNOVAに通っていたのですが、中国系の先生は、彼のことをちゃんと覚えていてくれました。)

 先生同士でも、早口になると相手の言っていることが聞き取れないという話はしょっちゅうだし、 「ゴミ箱」の言い方(単語)はティーチャーズ・ルームでは4つある、という話も聞きました。(笑)もちろん発音だって様々…。

 これが英語を勉強する上で、いい環境か悪い環境かは意見の分かれるところでしょうが、私にとっては願ってもないいい環境だったと思っています。本当の世界にだいぶ近い気がしてた。相手の発音は気にならなくなりました。聞き取れなければ「もう一度お願いしま~す。」、理解できなければ「理解できてませ~ん。」、知らないことがあったら「わかりませ~ん。」相手がどんな風に英語を話すかはあまり気にならなくなりました。あ、この人はこんな風に言うんだな、くらいの感じ。(そんなこと言ってるから、レベルが上がらなかったのかな~^^;)

いつかきっと花開く、よ、ね! (日本の家にて)
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 NOVAの後は、英語の「勉強」らしきことはしていません。この後とうとう英語を使うお仕事を始めました。会社にはオーストラリア人のライティング・チェッカーの方(スチュワート)がいて、わたし的にはタダで英語が学べる?!という感じでとてもうれしかったです♪仕事がe-メールを書く仕事だというのも勉強になりました。このころはすでにインターネット経由でいろんな人とやり取りをしていたのですが、仕事では書く内容と量が違います。毎日スチュワートに直してもらって、その直された文章も取っておき、正しい文章と一緒にファイルして置きました。文章も会話も、使い回しが利きます。そのうちスチュワートに直される部分は減ってきました。(だって、手元にあんちょこがあるんだもん♪過去の自分の間違いという・・・!)

 この仕事をしているときに、取引先のジョージアからアメリカ人が二人出張で来ました。そのうちの一人は日本語がぺらぺら(Aさん)。うーん?この話し方、なんか特徴があるなぁ~と思っていたら。なんとその方、青年の頃、宣教師さんとして日本に滞在したことがあるのだとか。偶然でびっくり。

 もうひとりの人は日本が始めて(Bさん)。彼が中心の会議の時は通訳さんがついたけれど、そうでない日はつきませんでした。会議中も大事な話はAさんが英語でぱぱぱっと伝えていましたが、みんなが冗談を言って笑っている時は彼だけ入れず…。かわいそうなのでとっさに大筋だけを通訳してあげました。もちろん一字一句正しい通訳ではなく、いわゆる意訳でしたが、笑いのツボは伝わった模様。良かった!話が読めるや否や、すかさず突っ込みいれるあたり、さすがアメリカ人!のBさんでした。それを見ていたAさんが言ってくれたひと言が忘れられません。


You should come to United States to work.
(君、アメリカに来て働いたらいいのに。)

Yes, I want. I hope so someday.
(ええ、ぜひ。 いつか働きたいです。)


 英語を理解したいと思った日から、ざっと4年が経っていました。すっかり英語のとりこになった私にある日父親がしてくれた話。父が中学生の時に亡くなった祖父(父の父)は、なんと戦後、アメリカ人の通訳をしていたと言うのです・・・・・。びっくり。あ~、だから、私もイトコもみんなみんな、なんだか英語が大好きなんだね。納得。なんだか不思議な気分です。

 
おじいちゃん、ありがとう(^^)



--- おわり ---


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by mori_y_sana | 2006-10-05 08:44 |  * 英語
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